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よくある心配事を解決
病気の先輩

8月×日(水)

食事!泡風呂!

6:00前に目が覚める。こんなにゆっくりとしたことはないだろう。小水は順調。おならも出た。今日から5分粥が出る。楽しみだ。
8:00食事コール。いよいよ固形物が口に入る。昨日、安静にしていたため顔を合わせなかった方々と再びお目見え。粥に味噌汁にいり卵に梅干、そしてヨーグルト。ごちそうであった。話を聞くと、毎晩のようにこの食堂で退院前のお祝いが開かれているが、昨夕は13名ほどもいたという。
9:00から入浴のため、お尻の傷を見てもらった。アテローマの痕も肛門もきれいなものだという。浴室は向かいハート館の4F。渡り廊下を渡って浴室へ。国道が見える見晴らしのいいガラス張りの手前に、1人用の浴槽が6つ並んでいる。下から泡がぶくぶく出るようになっており、その量は自分で調整できる。心ゆく泡を楽しんだ。時間は20分の交代制であるが、十分である。久々に垢を落とし、シャワーも浴びさっぱりとした。

入院者たち

戻ってくると、日ごろ無口なS君が顔をのぞかせる。メビウスがえらい薄くてかっこいいという。そうだろう。何しろ1年越しでB5ノートを狙い続け、そのお眼鏡にかなった私のお墨付き(?)だ。彼は、プログラマーであった。昨年は1年間、徹夜、土日出勤は当たり前という殺人的な仕事が続いたという。プログラマーのキャパを考えずに営業が仕事を取ってくるので困ったといっていた。今回、ひとつのプロジェクトが終わったので、思い切って1ヶ月の休暇をもらったのだそうだ。実は、3ヶ月前に痛くて痛くて来院し、膿を出してもらった後は楽になったので、来るのが面倒になっていたらしい。しかし、休暇をもらったのをしおにとってもらうことにしたようだ。退屈なのでデスクトップでもいいからパソコン持ってくればよかった、などといっている。こちらは、いろんな方と話をしたり、こうして日記を書いたりで暇な時間はまったくない。
昼食時、13名が退院したため、食べる人がぐっと減っている。
私と同日に入院した元バスケットマンFさんは、今は大手銀行マン。手術は私より軽かったらしく、もう通常食になっている。退院が早そうだ。しかし、これから盆に入るのでちょうどいいね、と水を向けると、とんでもないという。まず、盆は交代で出なければならない。さらに、銀行は減点主義のため、こういうことで休むことすらいやな顔をされる。
というのも、来年の3行合併を控え、主導権争いのまただ中にいることも一因のようだ。彼のいるセクションは、金融商品の開発を行っている。合併時にものをいうのは、いかに客をとっているかという数字だ。だから、商品開発に力を入れているわけだ。しかし、800名もの部隊がいるのであれば…と、素人は思ってしまうのだが。
ところで、銀行というところのムラ社会性は、横田浜夫の「はみ出し銀行マン」シリーズで読んでいたが、いまだにその閉鎖性健在のようだ。
さて、13:00から1F外来で診察があるとのこと。待っている間に、Mさんと話をする。彼はなんといわきから来たそうだ。彼も私と同じく6月ころ、インターネットで探したという。会津や福島など内陸部に病院があるのがわかったが、そちらは夏場暑いので敬遠。高速を使えば、こちらへ来るのも2時間程度でさほど変わらないため、ここを選んだという。
彼は1箇所だけの手術だったらしく、ものの10分で終了。あれ、もう終わったの?と、ご家族の方に驚かれたそうだ。
ところで彼は建設業関連。レンタルの建設機械を現場に運ぶ運送業をしている。建設業界は、3月の決算期を過ぎると駆け込みの仕事が4月に残るくらいで、それから8月までは暇になるという。そして、9月から翌3月までは首も回らなくなるくらい忙しくなるというリズムだった。しかし、平成11年からパタッと落ちたという。建設が落ち、そこが利用するレンタルの機械が落ち、その機械を運ぶ運送業が落ち、という連鎖だ。今後はこれら広範な業者が憂き目に会うことになる。何とか切り抜けてほしいものだが…。
診察は、きれいな女医さんであった。傷の回復は順調である。点滴もはずれ、病院の寝巻きから自分の寝巻きに変えることができた。便を出さないようにするため、腸の動きを抑える飲み薬を飲んだが、それも今夕で終わりである。本日3食食べたため、明日は便が出るかもしれない。出るときが一勝負。そして、出てしまえば、まずは一安心である。
夕食時。明日退院というGさんがいる。彼は、個人でファミレスを経営している。
巨大団地と大学の中間地点に作ったファミレスは、瞬く間に時流に乗り大型化。当時は団地の値も、3000万から4000、5000と見る間にうなぎのぼり。それでも、買い手がつき、都心のマンションを売り払って移住してきた住人たちは余力があり、よく食べに来てくれた。親の金は学生にも回り、学生もよく来た。建設現場が近いため、工事業者もよく来た。車に興味なかったが、税理士が税務対策ということで、ベンツにはじまり、シーマ等の大型車。子どもにセルシオ。自宅は、建築業者に乗せられ、1億数千万に。外食産業は活況を呈した時代。まさにバブルの王様に上り詰めた。
がたっときたのは、平成10年ころから。それ以前にも、不況の風聞は聞いていたが、田舎は少し遅れてやってきた。まず、工事業者がこなくなった。学生も来なくなった。マンションの住人たちは巨額の借金が残り、外食を減らした。
経営者としてここまで一人できりもりしてきたが、この入院がひとつの転機かもしれない、と彼はいう。
物静かなA君は、海自で航空機の整備をしている整備士。おじが整備士だったという。海自に入り、その後海自の中の学校で勉強して整備士になった。あの対潜哨戒機などの整備をしているのだそうだ。車などが数年でモデルチェンジするのに比べ、航空機は30年単位であるから、一度技術をマスターすれば、それこそ定年まで食っていけるという。
痔の話をしたら、実は俺も、と結構隠れ痔の仲間が名乗りを上げたそうだ。座りっぱなしのパイロットなどに多いという。自衛隊は独自の病院をいくつか持っており、そこに行くと無料となるらしいが、痔については、皆ここに来るのだという。
有名なお嬢様学校の本部でインターネットの整備をしているTさん。その学校は、幼年部から小・中・高・大と、ミッション系の女子校を北海道から九州まで擁している。エスカレーター式なので、「お受験」に始まるが、何と幼稚園が1日2時間で月10万円。いずこも同じだが、上から下までブランドをまとった奥様方の派閥がすごいらしい。
ところで彼の場合は、いきなりの腹痛から始まった。歯が膿んだときのような痛みが、腸のあたりから前触れもなく起こったので、これは腸が腐っているのでは!と、家族に内緒でかけこんだという。細菌感染による痔ろうでした。痔もなかったため、まさしく交通事故にあったようなもの。
小学校の保健婦をやっている適齢期のRさん。いまや小学校は、子どもと老人ばかりという。転勤して交代があっても、教員は40代以上がほとんどで、休み時間には肩で息をしている始末。子ども相手にはお辛い年頃。しかし、少子化で学校の統廃合があり教員が余る中で、フレッシュマンの入る余地はない。中学校も同じ状況で、同年代の“相手”が見つからないのが悩みの種。へえ、今時はそういう状況なの、そこにいた全員が驚きました。
大学で就職指導をしているBさん。大手企業の採用の仕方が変わったという。これまでを10とすると、2,3割しかとらなくなった。つまり、コア社員のみを採用し、あとは派遣その他で賄うという腹だ。コア社員だけ確保できればいいから、この先労働力人口が減るといわれても別に大きな問題ではないという企業もあるようだ。
Bさんの部屋に石原慎太郎の秘書が一泊二日で入ってきたそうだ。休んでいられないということで、土曜に入ってきて日曜日には出ていたという。お忙しいことで。
ハート館にも忙しい方がいた。例のファイアストンVS フォードの問題で、今ブリジストンからファイアストンへ派遣されている日本人だ。米国にいい痔の施設がないとのことで、ここで治療後再び米国に飛ぶのだという。

いろんな人がいる。いろんな人生がある。お尻から見ればただの人、看護婦から見ればただの痔主である。