8月×日(月)

痛みナンバー“5”

最終日。早朝から血糖値の上がり具合を見る血液検査がある。尿は、5:30,6:00,6:30,7:30と4回採る。第1番目の分は、夜中起きた時3:00以降であれば結構と言うことだったので、4:00ころであろうか、目が覚めたときに採った。
さて、先ず定刻5:30採血が数本。その時に、甘いサイダーのようなものを飲む。6:00何とか出る。血液を1本採取。何も飲まずに30分後に出す次が問題だ。6:25。今回は、便意があるため、先に便が出ないと出そうにない。寝不足と、昨夜久しぶりに飲んだ炭酸がきいたか、下痢便である。それでも、ナンバー5の痛さだ。
ここでは、薬を使わなければ痛みを耐え切れないような痛さを10として、10段階で申告させている。人によって違う“痛み”を推し量るのにいい方法だと思う。私にとって、5の痛さとは、便器の横にある身障者用の木枠を力いっぱい握り締め、そのまましばらく腰を浮かして耐えるような痛さだ。その後、最弱でウォシュレットして、ようやく緊張が緩む。そして、その後にようやく小水が出た。
7:30は問題なく、これで検便を除く、全ての人間ドックの検査が終了した。痛みのため便の採取は、まだ余裕がないが、今日明日中に採りたい。

世代交代

月曜日の今日は、シーツ一斉交換の日らしい。食後、部屋ごとに交換がある。非常にすっきりとした。交換中に病棟係りの方にお聞きしたところ、少し空きが出るのは、正月と5月のそれぞれ連休明け1週間程度らしい。それ以外はフル稼働であるようだ。そのため、初診時の見立てで入院期間が決まると、それで次の予約を入れていくため、ほぼそのときの見立てどおりの入院となるようだ。1週間から10日が相場だ。それでも、5Fに2人部屋と個室があるうち、個室のほうはいくらか空いているようだ。ただ、ここも緊急入院などの患者用に使われるのだろう。
そして、10:00。今日もまた、笑顔で何人かが去っていった。
10:30。風呂に入ると、「屋上でタバコを吸う仲間がいなくなった。」とDさんが、寂しげだった。昼食時、すっかり顔ぶれが様変わりしつつある。
会社も、地域も、国も、地球も同じである。自分と時を同じく過ごすある場所に、いろんな人が集まりコミュニティができる。その中で楽しくやっていけるかどうかは、自分の自主性と積極性、そして相手や周囲のことを考えることのできる配慮にかかっている。

生活指導

16:00から食堂にて退院後の生活指導があった。ハート館、クローバー館合わせて8名である。
先ず心得るべきは、退院=治癒ではないということである。病院の管理から自己管理に移るというだけで、入院に準じた生活を2週間は続けなさいとのこと。つまり、原則安静の生活であるから、運動は2週間駄目。その中には自転車も水泳も含まれる。車の運転は2,30分ならよいとのこと。
また、痔核の手術の場合、術後10日から2週間の間に大量出血をする場合があるので、その場合は、夜間であろうが休日であろうが、躊躇せずすぐに来院されたしとのことであった。
入浴は血液の循環を良くするので、排便後に入浴するなど存分に利用すること。ただし、温泉は不純物も含まれており、傷が治るまでは不可。少なくとも1ヵ月半は駄目とのこと。
気をつけるべきは、同じ姿勢である。座りっぱなしは駄目。1時間に10分程度は体を動かすように気をつけたい。
アルコールは厳禁。とはいえ、ワインが小さなコップではあるが1杯出たのであるから、この程度は良いのであろう。

儀式の意味

それにしても、せっかくワインが出たのであるから、最初に乾杯がほしかった。わずらわしいながら、長年お付き合いした相棒とのお別れであり、長期入院とのお別れ、そして入院仲間とのお別れである。乾杯のチャンスを伺っていたが、“間”もなかったので、それもできなかった。これでは、“ワイン”というせっかくの気配りの効果が活かされていない、と、せっかくのワインをもったいなく感じた。小道具を活かすも殺すも進行次第である。
難しく言えば、儀式というものは、喪失感、寂しさや不安などの後ろ向きの気持ちを、前向きに変えるために設定される。この生活指導も一種の儀式である。退院者は、この手厚い安全圏から外へ出る不安を少なからず持っている。それを“自己管理してやっていこう”と前向きに変えていくためには、先ず「退院おめでとう!」という祝福が必要である。それが気持ちを明るくさせ、口も滑らかにさせる。けじめとして、前途を祝しての乾杯の演出があっても良かったと思う。
是非、盛大な(?)乾杯をやりましょう。

自然への御礼

がらんとした屋上に立った。目の前に小さな森が見える。緑が目に優しく、セミの声が昔懐かしく、窓を開けると入ってくる風が身体に心地よかった。“癒し系”が流行る昨今であるが、本当に人を癒してくれるのは自然である。自然の風景の中で心地よい風に包まれたとき、自分は生かされている気がする。眺めているだけで落ち着いた。
この病院にとって、この風景は価値あるものである。将来にわたって残してほしいと思った。

退院祝い

“最後の晩餐”となった夕食後、ゆったりと風呂につかった。過ぎてしまえば、早いものである。
入浴後、女性入院者が明日退院するわれわれ2名に対して、退院祝いをしてくれた。もう1名は気のいい年輩者で、酒好きで軽妙洒脱、入院生活を明るくしてくれたおじさんである。彼がいなくなると淋しくなろう。食堂に集まってささやかなパーティーを行った。裃を脱いだ連中なので面も話す内容もすっぴんである。ここで出会えば、最初からいい関係ができていくかもしれないなあ。