痔とは何か。PPHの手術はどんな意義があるか。
東葛辻仲病院  辻仲 康伸
●はじめに

今日,数多くの痔核の治療法があります。臨床医は,どの治療方法がどの症例に最も適切かを理解しておく必要があります。しかし,痔核そのものとは何か,その成因と治療法との関係については,最新の教科書から知り得ることは少ないのです。数多くの人が数多くの診療所や病院を訪れていますが,多くは過去の定説や限られた経験に基づいて治療されています。その中には,根拠に乏しく妥当性がないうえに適切な手技ではない症例もあり得ます。手術治療は,V度W度の痔核に対して最も根治的とされてきたことには疑いの余地はありません。種々な手術は,術後の疼痛を減らすことと治癒までの期間を短くすること,また術後長期的に満足できることを目標としています。しかし,開放式,閉鎖式を問わず,手術手技は習熟を必要とし,専門医師を除いては良い結果を残し得ませんでした。例えば,過去の外科医のホワイトヘッド法への熱狂と,その暗澹たる長期的結果に代表されるように,痔の手術は疼痛の割には結果が良くないという患者および臨床医から悪い印象を受け続けてきました。

しかしながら,イタリアのロンゴ博士によって実用化されたPPH(Procedure for Prolapse and Hemorrhoids)は,自動吻合器という標準化された方法と,論理的に疼痛が極めて少ない点で,また一般臨床外科医の興味と熱意をふたたび集めようとしています。開放や閉鎖式に限らず,いわゆる普通の痔核手術は得意ではないが,この方法ならできると思うからです。事実この方法は,すでにヨーロッパにおいて指数関数的に実施症例が増加しています。今までの手術はPPHに置き換えられるのでしょうか。これが期待であり,問題なのです。この方法の価値は何ではかるべきなのでしょうか。また最も適切な痔核の手術法を改めて何なのかが問われることとなりました。


●痔核とは何か

そもそも痔核の組織は胎生期から右前方,右後方,左側の主痔核として本来自然に存在します。この痔核組織は,単なる静脈瘤ではなく血管性クッションであり,肛門禁制の維持に重要な役割を果たしているとされます。また,肛門管の粘膜下層には,平滑筋であるトライツ筋線維と,連合縦走筋および内肛門括約筋から発生する弾性結合組織が,肛門粘膜と肛門上皮および粘膜下層を肛門管に固着させていて,粘膜下層の血管組織とともに,いわゆる肛門クッションを形成しています。痔核組織は線維性血管組織,肛門クッションそのものであり,排便などの肛門機能に重要な役割を果たすところから,過剰な痔核切除は軽い失禁や便汁のしみ出す結果ともなり得ます。痔の病気は症候そのものです。痔核の脱出は,静脈瘤が原因ではなく繰り返し強く怒責排便によって,肛門クッションの肛門管への固着させているトライツ筋線維や結合組織が破綻し,肛門クッションの肛門外方への滑脱することであると考えられます。脱肛を主訴とするV度W度の内痔核は,肛門クッションが元の解剖学的位置から引き離され弛緩し,下垂して肛門外へ飛び出すことが病態です。

●PPHとは

開放術式や完全閉鎖式のV度W度に対する痔核脱肛手術は,術後疼痛が最大の問題でした。自動吻合器による痔核脱肛手術は,文献的にはペスカトリが始めですが,ロンゴにより実用化されました。これは経肛門的に,下部直腸の緩んだ粘膜を,自動吻合器を用いて環状切除する方法で,ロンゴによりPPH(Procedure for Prolapse and Hemorrhoids)と呼ばれています。今日では,エチコンエンドサージェリー社製HCS33,PPH01セットを用いることがこの手技の一般的名称であり,PPHは商標登録でもあります。この方法が,なぜ痔核脱肛に有用なのかについては議論があります。線維筋性の血管組織である肛門クッションを吊り上げ固定する点からはStapled anopexyと呼ばれます。脱肛粘膜を切除することからはStapled prolapsectomyとされます。また,内痔核の口側部分が切除され得ることと,上直腸動脈の分枝からの血流を大きく遮断して痔核を消退させる点を考慮すれば,Stapled hemorrhoidectomyとも呼ばれています。しかし、内痔核のそのものは直接的に切除しないので、stapled hemorrhoidectomyと呼ぶと誤解され易いとも考えられます。いずれにしても,この方法は肛門粘膜,肛門上皮や肛門皮膚に一切の切開を行わない手術手技であり,したがって知覚痛覚に鋭敏な組織は損傷されず,術後の疼痛は極めて小さいと期待されるようになりました。


●Longo法

現在公式化されているPPHのロンゴ法は,まずPPH01(HCS33)セットの外筒を挿入し,外筒が透明なため確認できる歯状線から4〜5cmの直腸粘膜に巾着縫合を行います。この際脱出する直腸肛門組織は,すべて肛門内方へ環納されていることが原則となります。巾着縫合は8-10針かけて粘膜下層のみを運針します。巾着縫合は通常1回ですが,脱出の大きな症例では対側または二重に行うこともあり得ます。ステイプラーを挿入し,アジャスティングノブは最後まで絞り込みます。外筒は手技の間,肛門縁に固着させ決してずれないようにし,外筒から透かし見える肛門縁よりステイプラー本体の目盛4のところでファイアします。ファイア前後で通常20-30秒待機しますが,この時間は術者の判断にまかされています。以上がロンゴ法と呼ばれますが,実際には巾着縫合の位置を2-3cmとしたり,外筒を用いず種々な開肛器を用いたりされることもあります。サーキュラーステイプラーを用いることは同じでも,原法と大きく手技が異なれば結果も変わり得るので,変法を用いるときには定められた原則に基づいて手技を行う必要があります。


●自験のPPH症例

1999年9月から2001年4月まで,脱肛を主訴として来院した症例のうちPPHを445例に行いました。この内訳は,V度内痔核211例(47.4%),V度内外痔核93例(20.9%),W度内痔核24例(5.4%),W度内外痔核33例(7.4%),直腸粘膜脱67例(15.1%),不完全直腸脱17例(3.8%)でした。これらの症例はすべて歯状線より4cmの位置で巾着縫合を,また目盛4のところでファイアする原則に基づいて施行しました。環状切除(ドーナツ型)は98%に可能であり,歯状線より平均1.9cmのところに吻合部が,また平均の最大切除粘膜幅は2.8cmでした。この手技には特徴的な下腹痛が認められました。

  ▲手術時下腹部痛


●痔核に対する結紮切除法とPPHの術後成績の比較

1) 前提となる手技と症例

痔核に対する従来の手術法は,対象をV度,W度の痔核として,開放型,完全閉鎖型,また半閉鎖型が行われています。当院では,痔核の成因が線筋性血管組織の緩み,下垂にあるとの考えから,痔核脱出肛門上皮と肛門粘膜の切除を最小限とし,むしろ肛門クッションの縫合固定を主たる目的とした半閉鎖法を行っています。この場合,痔核切除に際して内括約筋は露出せず,過剰ないわゆるundermining操作も施行せず,半閉鎖はgo and backの連続縫合で肛門縁まで行うことを原則としています。PPHを選ぶ原則は,著明な外痔核,皮垂やその他裂肛,痔瘻などを伴わないV,W度の痔核としました。偏側性の大きな痔核はPPHの対象外としました。PPHと同時に付加的手技を行った例も比較から除外しました。また痔核手術(半閉鎖法)は,3ヶ所行った例だけを対象例とし,PPHと同一の術者が行ったほぼ同期間の症例のみを比較しました。またPPH,半閉鎖ともに6ヶ月以上経過している症例だけを対象としました。

  ▲手術時間の比較

2) 結果

対象となったPPHは270例,半閉鎖は266例(1999年10月〜2000年11月30日)でした。PPHが施行された例はV度内痔核の男性に多く,半閉鎖が行われた例はV度またはW度の内外痔核でしかも女性の方が多い傾向が認められました。

術後の疼痛を,その日の最大の疼痛を0-10のLineal又はVisual Analogue Scale(VAS)として評価しました。この評価は,入院外来を問わず,直接患者の表記によりモニターしました。PPH症例の術当日の最大VASの平均値は4.0,一方半閉鎖症例は4.8でした。また術後3日目,5日目,7日目の平均値はそれぞれPPH群2.7,1.9,1.4に対して,半閉鎖群では3.6,3.4,2.9でした。この両群は全ての期間で有意にPPH症例の疼痛が小さくなりました(P<0.0001)。



術後出血の頻度を見ると,止血手技を必要とした出血例は,PPH症例群では6例(2.2%)に対して半閉鎖群では4例(1.4%)でした。半閉鎖群では初回排便のためとみられる1-5日の間に3例(1.1%)の出血が認められましたが,PPH群にはありませんでした。しかし6日以後のいわゆる晩期出血は、PPH群は5例(1.9%)であるのに対して,半閉鎖群では1例(0.4%)でした。さらに14日目以後にもPPH群では1例の晩期出血が認められました。
出血(+++) 有効
件数
術後経過(日)
術当日 1〜5日 6〜14日 15日以降
件数(%) 件数(%) 件数(%) 件数(%)
PPH 270 6 (2.2) 0 (0.0) 5 (1.9) 1 (0.4)
半閉鎖 266 4 (1.5) 3 (1.1) 1 (0.4) 0 (0.0)

疼痛が小さく(VAS2未満),かつ排便時に殆ど出血がない症例の頻度を時間経過で見ると,PPH群では翌日30%,半閉鎖では20%であり,その後次第にその差は大きくなりました。術後5日,7日の無症状に近い症例の頻度は,PPH群ではそれぞれ60%,70%であるのに対して,半閉鎖群ではそれぞれ33%,45%であり,全期間を通じて有意な差が認められました(P<0.001)。

再発または再燃かどうかは患者の訴えに常に依拠しています。再処置が必要とされた症例の頻度は,PPH群4.1%,半閉鎖群3.0%でした。PPH群では8例が外痔核の腫脹を愁訴に,再度痔核切除術(開放または半閉鎖型)することを余儀なくされました。1例はゴム輪結紮で対応し得る内痔核(U度)の再発でした。一方,半閉鎖群では,手術直後は平坦な創面であったにもかかわらず,3ヶ月以内に6例の皮垂切除を余儀なくされました。術後の肛門狭窄の頻度は,PPH群2例,半閉鎖群1例で,いずれも用手的拡張で治癒し得るものでした。
再処置 PPH 半閉鎖
n=270 n=266
痔核切除 8例
(術後3〜8ヶ月)
  
ゴム結紮 1例
(術後14ヶ月)
  
皮垂切除    6例
(術後0.5〜3ヶ月)
肛門ポリープ切除    1例
(術後2ヶ月)
用手拡張 2例
(術後1ヶ月)
1例
(術後1.5ヶ月)
割合 4.1% 3.0%

最後に1年経過した症例の手術満足度もVASにて手紙回答方式で評価しました。アンケート回収し得たPPH群87例と半閉鎖群113例の平均値はそれぞれ8.27と8.42でまったく差が認められませんでした。

PPHの痔核治療への有効性について現在まで,すでに4件の無作為比較試験の報告があります。これらはいずれも開放型結紮切除術よりも,有意に術後疼痛が小さく,日常生活への復帰が早いという結果が得られています。自験例は,retrospective studyであり,年齢,性差や外痔核の程度の背景因子に差があるものの,半閉鎖法との比較においても,PPH群では有意に術後疼痛が小さくなりました。しかしながら,自験例においても術当日はVAS4の疼痛が認められました。この数値は,他の報告と単純に比較できませんが,PPHを用いても当日の術後疼痛は,無視し得るほど小さいとは言い難いと考えられました。この疼痛は,単なる肛門痛ではなく,下腹部が膨満して便意が逼迫するような,重苦しく絞られるようなジリジリした痛みと表現されます。ただし,術後3日目以後の疼痛は急減し,排便時の出血が少ないこともあって,早期社会復帰の可能性は極めて高いと考えられました。

術後出血は,術後24時間以内にPPH症例において2.2%認められ,外科的また内視鏡的止血術が必要でした。術中に噴出性の出血は容易に認めて止血できますが,微弱な拍動は見過ごされ易く,術後の怒責による吻合部離開への圧力も加わって,多量の出血をきたすことが考えられます。

多くの臨床外科医がこのPPHを始めるに当たって,まず直面する問題は,第一に巾着縫合の手技であり,次いで止血操作の困難さ,および術後の多量の出血です。これらの問題は,すべてPPH合併症と因果関係があると考えられます。

まず,最大15ヶ月にわたって強い疼痛と便意切迫が症例の30%に達したため,この手術法を断念した報告があります。さらに,PPH術後に骨盤内膿瘍から敗血症を併発した報告もあり,文献にはないのですが,直腸膣瘻や腹膜穿孔などの重大な合併症も国際シンポジウムで報告されています。

これら合併症は,特に巾着縫合の際の不適切な手技がほとんどの原因と考えられます。すなわち直腸の外縦筋層あるいは全層を巻き込んでいた可能性が指摘されています。筋層を多く巻き込むことは,下腹痛,切迫感を起こし,強い怒責を誘発して,吻合部を離開させ,出血あるいは深部の感染の原因となるものと考えられます。しかPPHで環状切除された標本には,54%の症例で肉眼的に筋層が認められています。したがって,合併症を無くすためには,よく手技を理解し,訓練を積んで熟達することがもっとも肝要となるでしょう。

PPH術後の再発はどの程度でしょうか。この問いに対する解答は,いまだ得られてはいません。自験例においても,またイタリアの報告も観察期間は1年であり,長期における成績は今後の課題です。しかしながら,再処置を必要とした頻度は,PPH群4.1%,半閉鎖群3.0%であり,大きな差はありませんでした。PPH群では,術後も排便時に外痔核が腫大して,術前と変わらないと訴えたことが再処置の最大の要因でした。これに対して半閉鎖法では,皮垂が再処置の最大の要因であったが,いずれの場合も,局所麻酔下で処置可能な症例であったと考えられます。

今回の比較は,retrospectiveであり,背景因子も同一ではありません。しかし,同一術者と比較的大きな数の比較という意味では,1年という短い観察期間にもかかわらず,PPHの痔核治療への意義を示す根拠の一部を提示し得たと思われます。


●まとめ

環状自動縫合器(HCS33)を用いた痔核手術の方法(PPH)は,直腸粘膜を環状切除し,肛門クッションを吊り上げ固定する術式です。肛門粘膜と肛門上皮,および肛門括約筋に何ら切開も損傷も加えない手技の特徴から,従来の閉鎖,半閉鎖,開放型のいずれの結紮切除術よりも術後疼痛が小さく,早期に社会復帰し得る利点があります。しかしながら,著明な外痔核の例はPPH単独では治癒させ得ず,またPPH施行に環納し得た外痔核成分でも,術後の経過とともに脱出感の再燃を訴えることがあります。

また,直腸膣瘻や骨盤膿瘍など稀に重篤な合併症も起こり得るため,この手技の特徴を十分に理解し,習熟した上で,痔核治療に臨む必要があります。長期的な成績は今後の課題ですが,多忙な若年者で全周性のV度内痔核の症例は,この手術のもっとも良い適応になると考えられます。V度またはW度の内外痔核の症例については,外痔核成分を切除せずに,患者の症状を完全になくすことはできないので,現状ではPPHを痔核手術の第一選択とすることはできません。肛門クッションそのものには,肛門機能に果たす重要な役割があるため,いたずらにクッションを消滅させることのない手術を心掛けることが肝要です。