■木因宛【延宝九年秋】 真蹟
○少(少し)持病すぐれ不申候故、一紙如此御坐候。
「一紙如此御坐候」:一筆、簡略なことかくのごとくです。
■木因宛【延宝九年秋】 真蹟
○拙者下血痛候而(下血痛みさうらひて)、遠境あゆみがたく、伊賀に而(て) 正月初(はじめ)より引込居(ひっこみをり)申候。
「下血」:持病の痔疾による下血。奥羽北陸長途の行脚で悪化したらしく、書簡六一、七三、七五、九九、一○○等々、しばしばこのことに触れる。
■六一 如行宛【元禄三年四月十日付】 真蹟写し
○持病下血などたびたび、秋旅(あきたび)四国・西国(さいこく)もけしらずと、先(まづ)おもひとゞめ候。
「持病」:痔疾による下血。
「けしらず」:(持病のために)よくないと。
■七三 牧童宛【元禄三年七月十七日付】 真蹟
○拙者義、山庵至り候(さうらひ)ては雲務痛(うんむにいたみ)候而、病気にさはり候故、追付(おっつけ)出庵いたし、名月過(すぎ)にはいづ方へなりとも風にまかせ可申(まうすべく)と存候。乍去(さりながら)、去年遠路につかれ候間、下血など度々はしり迷惑致(いたし)候而、遠境羈旅(きりょ)不叶(かなはず)候間、東之方(かた)ちかくへそろそろとたどり可申(まうすべき)かとも存候。
「雲務」:いわゆる山気。山中特有の冷え々とした空気。
「下血」:持病の痔疾による下血。
「遠境羈旅不叶候間」:遠境への旅はできないので。四国西国への旅をいう。
「東之方ちかくへそろそろとたどり可申かとも存候」:江戸へ帰る心積りをいう。
■七五 智月宛【元禄三年七月二十三日付】 真蹟
○われらぢのいたみもやはらぎ候まゝ、御きづかいなされまじく候。
「ぢ」:痔。
■七九 加生(凡兆)宛【元禄三年八月十八日付】 『俳諧一葉集』所収
○度々預貴墨(きぼくにあづかり)候へ共(ども)、持病あまり気むつかしく不能御報(ごはうあたはず)候。昨夜よりも出(いで)候。
「不能御報候」:御返事も出来ませんでした。
「出候」:痔の出血をいうのであろう。
■九六 北枝(推定)宛【元禄四年正月三日付】 真蹟
○拙者持病持病とのみ顔しかめたる計(ばかり)に御座候。
「持病」:疝痛・痔疾とも、この頃一進一退の状態にあった。
■九九 正秀宛【元禄四年正月十九日付】 真蹟
○拙者持病、暖気にしたがひ少(少し)づゝ快気(くわいき)候間、可安御心候。
「持病」:この持病は、「暖気にしたがひ少づゝ快気」とあるので、痔疾をさすのであろう。
■一○○ 智月宛【元禄四年正月十九日付】 真蹟
○われらぢびやうもこの五三日心もちよく候まゝ、はるのうちやうぜういたし、おにのやうになり候て、しきものゝふとんもいらざるやうになり候て、御めにかけ可申(まうすべく)候。
「ぢびやう」:持病。この持病は痔疾の方であろう。
「おにのやうになり候て」:鬼のように丈夫になって
「しきものゝふとん」:敷物の蒲団。このことを云々していることから、前記の持病は痔疾と判断される。駕籠に乗る時、特別厚い柔らかい蒲団を用意したりしたのでこのように言ったものか。
■一○一 嵐蘭【元禄四年二月十三日付】 『芭蕉翁真跡集』所収
○拙者旧冬甚寒(じんかん)、殊之外痛(ことのほかいたみ)候へ共、頃日(けいじつ)は又々常之通(つねのとほり)に居(ゐ)申候間、定而(さだめて)当年中には懸御目(おめにかかる)に而(て)可有御座(ござあるべく)候。
「痛候へ共」:持病の痔か疝痛か、いずれとも取れる。
「懸御目に而可有御座候」:(江戸に戻って)お目にかかることでありましょう。
■一○五 去来(推定)【元禄四年三月九日付】 真蹟
○愈(いよいよ)御無事之由(のよし)珍重、残生(ざんせい)持病常之通(つねのとほり)に罷有(まかりあり)候へ共(ども)、春気ふらふらといたし、此境(このさかひ)又退屈に及(および)候間、追付罷立(おっつけまかりたち)候。道々日を重ね候も、十六、七之間京着と御待可被成(まちなさるべく)候。
「残生」:生い先の短い命。転じて卑下の自称。「持病」は去年以来の書簡にもいう痔疾であろう。「常之通」はいつもの通りで一進一退の状態であることをいう。
「春気ふらふらといたし」:春陽気に誘われてふらふらしたい気分になり。
今 栄蔵著「新芭蕉講座 第七巻 -書簡篇-」 三省堂 より引用。
原文と漢字表記が異なるところがあります。 |