■「行乞記ニ」から
■昭和七年
四月七日
曇、憂鬱、倦怠、それでも途中行乞しつゝ歩いた、三里あまり来たら、案外早く降りだした、大降りである、痔もいたむので、見つかつた此宿へ飛び込む、楠久、天草屋(二五・中)
(略)
五月二日
(略)
四里ばかり歩いて、こゝまで来て早泊りした、小倉の宿はうるさいし、痔もよくないし、四年前、長い旅からから緑平居へいそいだときの思い出もあるので。
五月八日
雨、しようことなしの滞在、宿は同前。
(略)
痔がいたむ、酒をつゝしみませう。
(略)
五月十七日
(略)
仏罰覿面、痔がいたんで歩けないので休養、宿の人々がまたよく休養させてくれる、南無─。
同宿の同行はうれしい老人だつた、酒好きで、不幸で、そして乞食だ!
五月廿一日(略)
今にも降りだしさうだけれど休めないやうになつてゐるから出かける、脱肛の出血をおさへつけてあるく。
古市、人丸といふやうな村の街を行乞する、ホイトウはつらいね、といつたところで、さみしいねえひとり旅は。
(略)
七月八日
雨、少しづゝ晴れてくる。
痔がよくなつた。昨春以来の脱肛が今朝入浴中ほつとりおさまつた、大袈裟にいへば、十五ヶ月間反逆してゐた肉塊が温浴に宥められて、元の古巣に立ち戻ったのである、まだしつくりと落ちつかないので、何だか気持ち悪いけれど、安心のうれしさはある。
とにかく温泉の効験があつた、休養浴泉の甲斐があつたといふものだ、四十日間まんざら遊んではゐなかつたのだ。
(略)
九月十一日
(略)
昨日の今日で頭がわるくない、痔もわるくない、腹も胃も、手も足も、─あゝすこしばかり行乞流転したい。
(略)
種田山頭火「死を前にして歩く《山頭火の本3》」春陽堂書店から引用
一部原文表記と異なる部分があります。 |