野坂昭如(Nosaka Akiyuki)
1930(昭和5)年、神奈川県鎌倉生れ。早稲田大学中退後、さまざまな職業を経て、‘66年に処女作『エロ事師たち』を刊行。翌年、「アメリカひじき」「火垂るの墓」を発表。この二作で直木賞を受賞する。以後、人間の生と死、エロスを苛烈に描出する小説・エッセイを精力的に発表している。代表作に『骨餓身峠死人葛』『てろてろ』『とむらい師たち』『戦争童話集』などがある。政治への積極的な参加など、作家にとどまらない幅広い活動でも知られる。

(「エロ事師たち」 野坂昭如著 新潮文庫 カバーから引用)

■エロトピア@ <10>複数姦のおしえ

トルコ風呂、サウナ風呂を理由なく毛ぎらいする、それはたとえば、トルコにおけるスペシャルサービスを、「あれなら自分でやるに如かず」やら、サウナについても「いかにも老人めいている」などヘリクツつけるなど、他のことには好奇心の権化の如くであるのに、この二つを敬遠したがる輩は、まず痔(じ)と考えていい。痔もちは、誰がなんといっても、パンツに雲古の残滓(ざんし)が付着するものであって、人前ではちょいと脱ぎにくいのだ。
銭湯の脱衣場で、常にしごく図々しく、出しゃばりたがる男が、片隅にてコソコソ裸となるのも、痔のせいであるし、温泉マークへ首尾よくしけこんで、まるで生娘よろしく、電気消してから裸となるのも、デジイボジキレジハシリジダッコウジロウの、いずれかひっかかえたるしるし。そして彼等が、女房めとる時に、内心いちばんハラハラするのは自らのバッチイ下着を、どう説明し、また洗濯してもらうかという問題についてであって、こういった一連のことがらを考えると、痔もちは、その故に身もちが固いということになる。いわゆる色豪諸氏は、犬のように、きわめてさっぱりした肛門の所有者であるにちがいない。
なぜ、痔のことを述べはじめたかというと、今回のテーマは乱交、複数姦なのだが、小生、やはり人後におちぬ痔もちであって、そのため、ずい分とこのチャンスを、これまでのがしている。

(略)

というところで気がついたのだが、女性にも痔が多いはずなのだが、ありゃ別に関係ないのだろうか。

■エロトピア@ <49>不潔であるということは

女性においてはいざ知らず、いや男性でもこれは特殊な例なのだろうが、ぼくののみ友達は、きわめて不潔であって、しかもお互い切磋琢磨して、お互いのバッチさを、競い合うというか、水の低きにつく如くとでも申しましょうか、ある個人の特殊な不潔さに、全員が心をそろえてレベルダウンしてしまう。たとえば、ぼくは絶対に歯を磨かない。
何故磨かぬといわれたって、理由はことさらなく、たしかに戦前は朝起きるとこの習慣に身をまかせていたと思うが、あのなにもかも物資のなくなった時、歯磨きにまつらう品が不足して困った経験もなし、闇市でことさらこの物を扱っていたようにも思えない。
まあ、武士はくわねどではないが、あの時代虫歯のできようもなくて、いかに、現在、乙にすまし、「よく気持ちがわるくないねえ」などのたまう奴も、戦後しばらくは歯を磨かなかったはずだ。その癖が抜けず、しかも近頃は、歯を磨くに上下でなければならぬという、そういった小ざかしい姿みるとなお腹が立ち、この二十数年歯刷子を手にしていないのだが、そういうわれと、たとえば浦山桐郎という当代の酒乱が、互いにのんだくれて二、三日過ごしたとする。
浦山は、まったく下着をかえるなどという小市民的悪習を超越したところで生きていて、ぼくは、なにしろ痔で、いったんパンツをはけば、たちまち尻にまじわれば黄色くなる道理、やはり二日に一度くらい使い捨てがふつうだが、「そんなあんたね、無駄なことするもんやないで、そら、帽子に雲古ついていたら具合わるいかも知れんけど、パンツに雲古の付着するのは、バラの木にバラの花咲くみたいなもんやないか、不思議ないがな」姫路弁でいい、そういわれるとそんなものかも知れぬ。それまで浦山は、時に思い出したように歯を磨き、顔も洗っていたのだが、お互い補い合って、ぼくは下着を取かえず、彼はわが美習にならって、歯を磨かない。

(略)

発表誌「週刊文春」44年3月17日号―45年4月20日号 連載分
(「エロトピア@」野坂昭如 文藝春秋 昭和46年5月二十五日)