痔の散歩道 痔という文化

温泉一般の効能に、「痔の痛み」があります。温泉であれば、すべて痔には効果があるということになります。実際、家庭のお風呂に入っても、温熱効果などにより痔の痛みは和らぎます。まして温泉であれば、当然効果はなお高いはずです。
ここでは、昔から痔に特別な効果があると言われている温泉、痔にまつわるいわれのある温泉などを中心に、温泉のことはよくわかりませんが、実際に少しづつ訪問し、紹介したいと思います。


■尻焼温泉

  尻焼《しりやき》温泉は、群馬県吾妻郡中之条町六合《くに》エリアにあります。
  川床の中から温泉が湧き出ています。川そのものが、温泉場です。

○ 中之条町観光協会のホームページには、次のように記載されています。
 
 「尻焼温泉の魅力は何と言っても『川の湯』と呼ばれ、長笹沢川を堰き止めて作った巨大露天風呂です。温泉名は『尻を焼いた』、つまり、河底から湧き出す湯で温められた石に腰を下ろして、を治したことが由来とされています。
 自然そのものの露天風呂なので、無料でいつでも入れますが、大雨や融雪等で増水すると入れません。更衣室等はなく、水着で入浴する人も、裸で入浴する人もいます。まさに、秘湯中の秘湯です。

泉質   カルシウム・ナトリウム・硫酸塩・硫化物温泉
適応症 痔疾、リューマチ、皮膚病、婦人病、高血圧、外傷
 
交通アクセス
 ◇関越自動車道渋川伊香保I.Cより車で約1時間50分
 ◇JR吾妻線長野原草津口駅より六合地区路線バスで約35分『花敷温泉』下車、徒歩約10分」


○ 別の「尻焼」の由来
  
 上記の中之条町役場のホームページに記載してあるものとは、少し相違する由来を紹介します。
 
 「上流に砂防ダムが完成してからは砂の流出はなくなったが、それまで湯治客は川砂を掘って入浴した。
昔からここが痔疾の名湯として知られてきたのは、お尻が入る分だけの穴を掘って、患部を湯に浸した治療をしたためであった。その独特な入浴法が尻焼の由来となった。」
  
 日本経済新聞社「温泉教授・松田忠徳の新・日本百名湯」 松田忠徳著 2006年9月1日第1刷発行から
引用


○ 体験記
 
 温泉から徒歩5分くらい離れたところに駐車場があり、車を置きました。そこから道路に戻り、上流に向かって少し歩くと橋があります。温泉は橋の左手です。
 橋を渡り川沿いに歩くと、すぐに川に下りる道があります。目の前の流れている川そのものが、野天風呂です。広々としています。初めて見るその景観は驚きです。
 川のそばに小屋(浴舎)がたっており、川に向かって大きく開口しています。覗いてみると(しっかり覗けます)、男性が一人、中は小さな混浴の岩風呂になっています。ここの浴槽に入る時は、タオル、水着は不可とのことです。お湯は透明に近いですし明るいので、勇気がいりますね。小屋の側面にその利用案内が記されています。
 川の中は、水着でも、バスタオルでも、あるいは裸でもよいとのことです。しかし、更衣室がないので、どのように脱衣するか、着替えるかが問題です。駐車場で準備する人、目立つ場所で大胆に着替える人、対岸の岩陰で着替える人、テントを張っている人などがいます。
 私が訪れたときは、20人程度の人がいたでしょうか。川の中にやや高齢のご夫婦?と中年の男性3人程度が、タオルを巻いて入浴していて、男性たちは、開放的というか、堂々とやや露出ぎみです。ファミリーも何組かいましたが、子供たちはほとんどが水着で、親も水着の方が数名いました。若いカップルは着替えをせず、足湯といったところです。帰り道では、学生風の男性グループとも出会っています。老若男女が集う場所ということでしょうか。
 川に入ってみると、(ちなみに、私は水着着用です。)、温泉が湧出しているところがいくつもあって、、その付近は50度くらいで熱いのですが、少し離れるとやや温い感じになります。ずっと浸かっていられます。岩が多く、温泉によるものか赤茶色になっています。その岩がぬるぬるしてすべります。また、足のつかない、深いところもあります。へびも虫もいた!油断禁物、足元注意です。浅くくぼんだところがいくつかあって、そこに寝っ転がりました。ついでに、泳いでもみました。暑くも寒くもない天気、水の流れも穏やかで、自然を満喫、気分は爽快でした。
 この温泉は、確かににもいいような気がします。(元主)
 お昼の12時頃から1時間ほどいたでしょうか。(2016年6月3日訪問)


橋の上から、上流を見る。川そのものが野天風呂

上流から下流を見る。

上流から、混浴風呂のある小屋を見る。 尻焼温にある旅館の源泉が、この台形の岩の下から
湧出している。

この尻焼温泉に関するネット情報は、画像、動画も含めてたくさんあります。YouTubeには、動画が投稿されていて、温泉の様子は一目瞭然です。



■鳩の湯温泉 三鳩楼

  三鳩楼(さんきゅうろう)は、江戸時代より栄えた奥上州の素朴な一軒宿
  浅間隠山の北麓、吾妻川の支流温川をさかのぼった渓流に沿って湧く、浅間隠温泉郷(鳩の湯、薬師、  
  温川)のひとつ


○ 鳩の湯温泉の由来と薬効

 「その昔、傷ついた鳩が自然に湧き出る湯に浸かって傷を癒していたそうです。それを見て温泉の効能を知った村人が、この温泉を「鳩の湯」と名づけたとか。寛政五年には一人の行者が湯小屋を建て経営を始めたといわれ、江戸時代より栄えた奥上州の素朴な湯治場です。泉質は、炭酸含有塩類泉で、湯温は四十二度。白く濁るやわらかな湯は天候の変わり目には無色透明になることもあり、痔疾をはじめ胃腸病、神経痛、婦人病、足腰の痛みなどに薬効があります。」

 鳩の湯温泉 三鳩楼のリーフレットから引用


○ アクセス
 /
 ・渋川伊香保I.Cから車で、85分
 ・中之条駅からバスで60分、徒歩5分
 ・群馬県吾妻郡吾妻町本宿3314


○ 三鳩楼について
 「湯の歴史は相当古く、寛保年間(1741〜1744)にまでさかのぼる。(略)現在の宿は、明治時代に建てられたものを大正、昭和と増改築しながら代々の楼主が大切に守り継いできた。今でも、時を刻む古い柱時計や黒光りする年代物の箪笥、使い込まれた囲炉裏、「帳場」の文字看板など、江戸時代より栄えた湯治場の面影を残している。(略)」

 上毛新聞社事業局出版部「ぐんまの源泉一軒宿」 小暮 淳 取材・文 2009年9月17日初版第1刷発行


○ 痔疾に好評な温泉として紹介される。

 「温泉療養」 酒井谷平著 昭和9年12月20日発行 (国立国会図書館近代デジタルライブラリー)において、鳩の湯温泉も含め、特にに効果のある温泉を紹介しています。また、その効能については、次のように記載してています。

 「我国に於いて昔から痔疾に好評ある温泉を挙げて見るならば
 鳩の湯(群馬)・・・ (他に7か所挙げていますが省略します。)
等々である。
 然しながら此等の温泉が、(略)、全身作用以外に、痔疾に対して特殊の局所をもつてゐるや否やについては、保証の限りではないが、兎に角昔から特に好評あるところを見ると其間に多分の根拠が含まれてゐるではないかと思はる。」(旧漢字は、新漢字に改めています。)


○ 体験記

 旅館は、昔ながらの湯治場の風情を残した旅館です。建物は明治時代から増改築したもので古いものですが、部屋は清潔です。その部屋からは、新緑の眺めがいいです。
 お風呂は、内風呂と露天風呂とが、男女別にそれぞれあります。部屋からは、歩くとぎしぎしいう渡り廊下をくだった奥にあります。源泉かけ流しの温泉です。内風呂の壁がひのきです。かつては湯船もひのき造りだったようですが、今は石風呂です。湯船の上には、温泉の効果、ひのきの効果を大切にするためとして、20センチ程度の幅のひのきの板(フタ)が敷き詰めてあります。(脱衣場に、その旨の掲示があります。)入浴するときは、その板をずらして、あるいは、はずして入ります。板は長く、厚みもありますので、けっこう重いです。たまたま一人で入浴したので、扇形にどけて一人分のスペースを確保し、お湯の中に入りました。もし、何人か同時に入る時は、どのように入るのでしょうか。それぞれが自分だけのスペースを作って入るのかどうか。あるいは、協力して大きく場所をつくるのでしょうか。その様子は想像ができません。お湯は少し濁っていて、温度はやや低めです。なので長く浸かれます。そして、泉質の良さもあるのか、ゆっくりお湯の中にいると気分はどんどんよくなります。
 露天風呂は、一旦廊下に出て、階段を昇ったところにあります。意外に小さい岩風呂でした。露天風呂とはいってもガラスが嵌められ、外気は入りません。また、板の覆いがないためか、内風呂より湯温はさらに低めです。
 この温泉は、確かににもいいような気がします。(元主)
 一泊したので、3回ほど入浴しました。(2016年6月3日訪問) 

旅館三鳩楼の正面 旅館正面の横に看板
「一軒宿 かけ流しの湯」と書かれています。

「ご案内 ●内湯の風呂は、檜の板でフタがして有りますが、江戸時代(寛保年間一七四一年)より温泉効果、檜の効果を大切に、現在まで伝えられて来た歴史を守っておりますので、入浴のとき多少面倒だと思いますが、入り方に工夫をしていただき、江戸時代の武士達が、のんびりと入浴している姿を思いうかべながら、ゆっくりと温泉を楽しんで戴けたら幸いに思います。 三鳩楼帳場」

そして、左の板には、「天然温泉に付入浴後は必ず「ふた」をして下さい」と書かれています。

この鳩の湯温泉概略の三.効能及湧出量には、「当温泉は痔疾と神経痛には特に効能があり又胃腸病婦人病其の他冷えより起った病に特効あり一時間に十五石湧出致します」と書かれています。

湯船に檜の板のフタがしてあります。


 この鳩の湯温泉、三鳩楼についても、ネット情報がいくつもあります。



■瀬見温泉

 全国各地に、「・・・むし」、「・・・ふかし」といわれるむし湯がありますが、特に瀬見温泉はふかし湯、痔蒸しの温泉として、よく知られています。


○ 全国温泉大辞典には、次のように記載されています。
 
 「小国川の亀割山(五九四メートル)、大焼黒山(七一五メートル)などを前後に置いた瀬見温泉は、その昔、源義経主従が平泉に落ちていく途中、随行した弁慶が、北の方の生んだ亀若丸の産湯を探して、大石を掘り起こしたところ、湯の湧出をみたと伝え、地名も弁慶の愛用のナギナタ「せみ丸」に由来するといわれている。
 国道から橋を渡り、旅館とみやげ物店の並ぶ温泉街へ入っていくと、明治時代の御殿風の建物をみせる喜至楼の旧館があり、その横に湯前神社がある。神社前に源泉が湧いていて飲泉場になっている。
 (略)
 湯前神社の前が共同浴場。奥が二大老舗である瀬見グランドホテル観松館と喜至楼別館がある。(略)効能は、神経痛、リウマチ、火傷、婦人病、皮膚病などに飲用として胃腸病、便秘となっている。
 瀬見は、昔から痔疾の名湯といわれ、痔むし風呂の「ふかし湯」が有名。湯船の上に穴のあいた板を敷きつめて、横になり穴を通して噴き出す湯気を患部に当てる。共同浴場にある。」

 旅行読売出版社 「全国温泉大辞典」野口冬人著 一九九七年一二月八日発行


 ○ ネット情報では、・・・

 瀬見温泉の最近の様子は、「瀬見温泉オフィシャルサイト」をはじめネットに多くの情報があり、詳しく紹介されています。

 「瀬見温泉オフィシャルサイト」では、ふかし湯についても、「名湯『ふかし湯』【ふかしゆ】」として紹介されています。入浴中の写真も掲載され、「浴衣やバスタオルを巻き、穴から吹き出す湯気に身体を当てます。患部に当てるのが効果的です。」との説明もあります。
 また、これもネット情報によりますが、2016年6月1日に、新装オープンしております。
 現在の正確な情報を知りたい方は、「瀬見温泉オフィシャルサイト」などを見てくださいね。
また、川村学園女子大学 観光文化学科による瀬見温泉プロジェクトというものもあって、瀬見温泉についてFacebook、YouTubeなどで紹介しています。「ふかし湯」の動画、画像も掲載されています。チェックしてみてください。(すでにチェックされていましたか!)
 なお、瀬見温泉のオフィシャルサイトなどによる公的なPRでは、この「ふかし湯」に関しては、「」又は「痔蒸し(むし)」という表現がありません。「」以外にも効能があるからなのでしょうが・・・。を前面に出すと、イメージがよくないということもありそうです。(当然ですが。)


○ 体験記
 
 どちらかというと、体験記というより未体験記ということになるでしょうか。
 私が訪れたのは、14年前です。
 ふかし湯は、当時、町営公民館の中の共同浴場の一画にありました。そのときは、共同浴場もふかし湯も利用しませんでした。
 共同浴場は、入浴者が少なくなく遠慮しました。また、ふかし湯は、逆に誰もいなくて、それに当時はあまり清潔感ががなく、やめました。わざわざ行ったのに、痔蒸しを経験しなかったのは、残念です。(今は後悔)写真だけは撮りました。このふかし湯は新しくなっているので、機会があればまた行きたいと考えていますが、少し遠いです。
 宿泊したのは、喜至楼《きしろう》という旅館で、明治からの建物とのことで、建物、装飾その他がレトロで、しかもとても不思議な旅館でした。お風呂がいくつもありました。現在の様子をネットで見る限り、ローマ式のお風呂がそのままであったり、内部も外観も当時と大きく変わっていないようです。(この喜至楼についても、画像、動画がネットにいくつも掲載されています。)
 喜至楼のウェブサイトに記載されている温泉の効能・適応症は、数多くありますが、そのひとつに、痔病が挙げられています。
 記憶は定かではありませんが、この温泉は、確かににもいいような気がしました。(前主)
 以下、私が14年前に訪れたときの写真を今さらながらですが、掲載します。(せっかく訪れたので、・・・、未掲載のままなので・・・)2002年5月訪問。(2016年6月8日記載)


瀬見公民館の中に、共同浴場、
ふかし湯がありました。
(以下、2002年5月撮影)
 
「ふかし湯」の入口ドアに貼ってありました。
「痔・神経痛・婦人病・等に特効」と書かれていました。
 


ふかし湯の内部(男女別にあった。)

ふかし湯の板の間。直径4センチ程の丸い穴が空いていて、ここから蒸気が上ってくる仕組み。穴の上にバスタオルを敷き、痔の場合は穴にちょうどお尻があたるように、浴衣のままで横になる。当たり前ですが、痔でない場合は患部にあてるということになります。

正面から見た喜至楼 横から見た喜至楼


○瀬見温泉
 JR陸羽東線(奥の細道・湯けむりライン)瀬見温泉駅から徒歩10分程度



■底倉(そこくら)温泉

底倉温泉は、神奈川県箱根町にある。宮ノ下温泉の西隣にあり、蛇骨川沿いの渓谷から湧出する温泉を源泉としている。江戸時代より痔疾などに効能がある温泉として知られる。箱根七湯のひとつ。

現在、底倉には温泉宿としては、「そこくらの湯 つたや」が一軒だけある。そのほかには、日帰り温泉施設がある。

つたやは、江戸時代からある老舗の旅館である。底倉温泉とつたやの歴史については、つたやのホームページに詳しく紹介されている。
一部抜粋すると、
「江戸期より箱根七湯のひとつとして『初代蔦屋平左衛門』より継承されている老舗湯宿。江戸期の昔から敷地内の岩盤より自噴する自然湧泉の蛇骨源泉を石畳内に溜めおく「かめ張り」という技法で集湯供給する底倉温泉独自の珍しい自噴源泉所有の湯宿である。当館の建物は、V字に深く切れ込んだ蛇骨渓谷沿いにあり、まさしくこれぞ『隠れ湯宿』といえる。また、この地は1590年豊臣秀吉(太閤)が小田原征伐の途中の4/1〜4/5の5日間滞在した場所であり、さらに渓谷最奥には信頼の厚い家臣とともに太閤秀吉が入浴し、家臣たちの戦の傷を癒しやしたといわれている『太閤石風呂』が史跡として残っている(入浴不可)。太閤の滝も近くにある。」
と記載されている。

○ 体験記
国道1号線に沿って、「つたや」の入口があり、そこが屋上駐車場、奥に玄関がある。玄関を入るとすぐ階段を下りることになる。「つたや」は、地下1階地上3階建ての建物で、蛇骨川の上の崖に寄り添う形で建っている。入口駐車場から見ると、旅館の建物は全く見えない。屋上駐車場の端から見下ろすと、青々とした樹々のある深い谷を蛇骨川が流れている。
 フロントは、1階にある。部屋は5部屋で、夕食の提供はないが、朝食はある。朝食はおいしかった。夕食は近くのレストランなどに行ったり、あるいは近くのコンビニで仕入れることもできる。宿のご主人お勧めのイタリアンレストランの紹介もある。
お風呂は、地下に内風呂、そして内風呂から階段上がったところに露天風呂があり、それぞれ男女別にある。宿泊客は、露天風呂に夜と朝に貸切で入ることができる。日帰り入浴も可能である。
 底倉温泉といえば、江戸時代には痔に効能のある温泉として有名で、痔に悩む多くの人々、特に陰間が湯治に訪れた。由緒ある温泉である。その当時の様子は、江戸時代に書かれた「箱根七湯の枝折」に詳しい。また、江戸川柳には底倉の陰間のことを詠んでいる句がいくつもある。
 この「箱根七湯の枝折」には多くの異本があるが、このつたやが所有している「蔦屋本」が最も優れているといわれている。ここ「つたや」にも「七湯の枝折」と昔の底倉温泉の写真がパネル展示されている。「七湯の枝折」の原本は、箱根町郷土資料館が所蔵しており、一部を実物で見ることができる。また、この箱根町郷土資料館では、箱根の温泉の歴史について、写真その他で詳しく展示、紹介されている。
 平成28年7月2日訪問

七湯の枝折」と「江戸川柳」については、さらに詳しく紹介しています。(クリックしてください。)


広重 箱根七湯図絵 箱根七湯栞 
広重 箱根七湯図絵 底倉
国立国会図書館デジタルコレクションから転載
箱根七湯栞・底倉温泉図
左上に「蔦屋」がある。(クリックすると拡大します)
国立国会図書館デジタルコレクションから転載
 

「つたや」入口 玄関
国道1号線沿いに入口がある。 駐車場の奥が旅館の玄関。建物は崖に寄り添う形で
建っており、駐車場から見下ろさないと建物は見えない。
 

入口〜階段 内風呂
玄関を入るとすぐに階段があり、
降りると3階となる。
広々としている。日帰りの入浴者がいる時間帯はわからないが、
その日の夜はほぼ独占状態だった。
 

露天風呂入口 露天風呂
夜と翌日の朝は、宿泊者に限り
貸し切りできる。
お風呂から外を眺めると青々とした樹々が見える。
紅葉の季節はさらによさそうだ。
 

パネル 太閤石風呂通り
フロントの横に昔の底倉温泉の写真、
「七湯の枝折」などがパネル展示されて
いる。
 
「つたや」の下、蛇骨川沿いの小道

太閤石風呂のいわれ 太閤石風呂
太閤石風呂のいわれ
(クリックすると拡大します)
 
太閤石風呂があった所。はるか下の川沿いにある。
今はそのお風呂に入ることはできない。


以下、「つたや」のホームページから一部抜粋

(敷地内の岩盤より自噴する自然湧泉の蛇骨源泉)
★泉質:ナトリウム塩化物泉 弱アルカリ性 低張性 高温泉
★源泉温度 64度
★温泉成分 PH7.8 

◎アクセス
【車の場合】
●東名高速御殿場ICより仙石原経由(R−138)宮ノ下交差点(R−1)右へ約200m先右側(約40分)
【電車の場合】
●箱根湯本より箱根登山電車宮ノ下駅下車(30分)、〜宮ノ下交差点左へ徒歩(10分)



■猫啼(ねこなき)温泉
福島県石川群石川町にある猫啼温泉。今出川のほとりに宿が立つ。

○猫啼温泉
猫啼温泉 式部のやかた 井筒屋のリーフレットには、次のように記載されている。長くなるが、全文を引用する。

「猫啼温泉の由来
今を去る千年の昔、平安中期の女流歌人和泉式部は、当地石川の在に生れ、少女の頃、この里にこんこんとして湧く、清水のほとりに来ては、水鏡で顔を洗い、髪を梳ることを楽しみとし、美しい乙女となった。
その時、式部が櫛を置くことをつねとした石を『櫛上げの石』と称し、今なお、当温泉地内に残っている。式部の美しさは遠近に聞え、一条天皇の御代に都に上り、情熱の歌人として、その名を後世に遺した。
故郷にとり残された、式部の愛猫は病み衰えていたが、式部を慕い、日毎にこの泉に来ては啼き、泉に浴しているうち病体は癒えて、美しい猫となった。猫を憐れんで見守っていた里人達は、はじめて泉が霊泉であることを知り、泉水を汲んで入浴したら、諸病に効顕があり、この里を猫啼と名づけ、湯治場を設けた。霊湯猫啼の名は年とともに広まり、特に
・神経痛の名湯として今日に及んでいる。」

また、井筒屋のホームページには、上記の趣旨のほかに、次のことも記載されている。
「和泉式部は当地では『玉世姫(たまよ姫)』と呼ばれ、愛猫は『そめ』という名が付けられていました。」

この式部の愛猫の病とは何か。答えは、
痔疾である。

井筒屋の大浴場の脱衣所の壁に、その記載がある。
以下、こちらも長くなるが引用する。 
「猫啼温泉の由来
今を去る千年の往時、一条天皇の御代平安中期の女流歌人として其の名を萬世に残せし和泉式部が京に上りし折、此の地に至り滾々と湧き出ずる清水を見つけ髪などを梳り、旅の疲れを癒したり、其の際櫛を置きし石を『櫛上げの石』と称し今なお猫啼温泉地内に残り居ると伝えられる。
又、旅のつれづれに連れ来たりし愛猫を置き去りしに、式部を恋慕の余り日毎に啼き続け、日一日と痩せ衰い朝な夕な通る狩人達の憐れみも一入なりきこれ猫啼の地名の由来なりと。
この猫は病体なりしに附近より湧き出ずる泉に浸り、数日にして重態なりし猫の
痔疾は治り元気に快復したるとみた狩人達は試みに清水を汲みて入湯せしに其の効果の顕著なるに驚き、広く痔疾の人々に宣伝し其の霊効を今に伝え来る次第なり。」
それにしても、なぜ猫の病気が
痔疾とは。
は、人間が直立二足歩行することによって生じた人間特有の病気と言われている。(しかし、一方で犬、猫にもが存在するとの説もある・・・。)

○小和清水(こわしみず)と和泉式部の生誕伝説
井筒屋のホームページには、次のように書かれている。
「石川町の曲木(まがき)という地区に『小和清水』と呼ばれる清らかな湧き水があります。
伝説では『この地方を治めた豪族、眞垣荘司安田兵衛国康の一子、玉世姫が産湯を浴びた清水』になっており、この玉世姫こそ、後の和泉式部であると・・言い伝えが残っています。
現在では、子育て・子宝の霊水として人々に親しまれております。」
しかし、和泉式部の生誕地と言われる場所は、この石川町だけでなく、全国のいくつかの地域にもある。ここも伝説のひとつということになる。
 
○体験記
猫啼温泉 式部のやかた 井筒屋に宿泊した。
 県道118号線沿いに目立つ看板がある。そこが、猫啼温泉の入口。やや幅の狭い橋がすぐあり、そこを渡ると井筒屋がある。
旅館は、今出川と山との間に立っている。
浴場は、大浴場と露天風呂が男女各ひとつある。露天風呂は、大浴場の奥にある。浴場のタイル壁には、和泉式部と猫が描かれている。この和泉式部と猫の図柄は、少し異なるものもあるが、外の看板、建物の壁、お土産の包装紙など、あちこちに使われている。
夕食は部屋食が可能である。夕食、朝食ともにおいしい。
旅館の敷地内に和泉式部が使ったという「櫛上げの石」があり、旅館の方に案内してもらった。
平成28年8月27日訪問

看板のところを曲がると、橋がある。
この橋を渡ると井筒屋。
県道沿いにあるちょっと目立つ看板。
和泉式部と猫の図柄が使われている。
 

建物横には、やはり「和泉式部と猫」の図柄 正面入口

正面入口のすぐ横。
「猫啼温泉の由来」が書かれている。
大浴場脱衣室の壁にも「猫啼温泉の由来」
猫の病気が、「
痔疾」であることが書かれている。


「和泉式部と猫」が大きく描かれている。この画像は、
湯気で不鮮明となっている。実物はもっと鮮やか。
櫛上げの石 櫛上げの石


○式部のやかた 井筒屋 (以下、井筒屋リーフレット、ホームページから抜粋)
 ・小説。舟橋聖一(ふなばしせいいち)氏の「ある女の遠景」や内田康夫(うちだやすお)氏の「十三の墓標」(十三のぼひょう)の舞台となった宿
 ・源泉温度/8.0C 性状/無色透明 本泉は単純弱放射能鉱泉(旧泉質名放射能泉)低張性─中性─冷鉱泉に属する。
 ・浴用の適応症/リウマチ性疾患、痛風及び尿酸素質、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆道疾患、外傷後遺症、
など。
 ・アクセス
  JR磐城石川駅下車 車で3分
 ・住所
  福島県石川郡石川町字猫啼22



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