痔の散歩道 痔という文化

医心方
医心方(いしんほう又はいしんぽう)
「『医心方』は、典薬頭(てんやくのかみ)行鍼博士(こうしんはかせ)の丹波康頼(たんばやすより、生没年不明、10世紀頃)が、中国の隋・唐時代の医書、方術書など百数十篇から諸説を選んで編集。永観2年(984)円融天皇に献上した。現存する最古の医書として有名である。全30巻
『医心方』の内容は、当時の医療水準を超えており、天皇の勅諭で医生の教科書に指定されたといわれるが、実際の医療には活用されなかったとみられている。本書が引用した中国の医書の多くが散逸しているため、断片的にもそれらをみることのできる本書は、むしろ史料的価値のほうが高いとされる。」(山本徳子著「古典医書ダイジェスト」から引用)
康頼原撰本である医心方は、平安時代には失われてしまい、丹波家の後裔が1145年に新しい写本を作った。この医心方は、その後数百年の間、宮中に保管されていたが、1573年頃、半井(なからい)端策に下賜された。半井氏は代々典薬頭をつとめ、丹波氏とともに、わが国医家の二大派閥であった。
1791年、丹波康頼の後裔であり、幕府医官であった多紀元悳は、医心方の完全復刻を企図したが、復刻は20巻にとどまった。多紀氏は、さらに完全な復刻を試み、半井氏は50年間幕府の命に従わなかったが、1854年、半井氏は医心方を提出した。筆写後に原本は半井氏に返還された。
半井氏に返された医心方は、百数十年後の1982年半井氏から国の所有となり、1984年に国宝に指定されている。
(医心方一千年記念会編集「医心方1000年のあゆみ」杉立義一「『医心方』の写本と刊本」から)
この医心方に昭和49年から取り組み、全30巻を最初に訳したのが、槇佐知子氏である。槇佐知子氏は次のように書いている。「『医心方を二十年のあいだ一人でこつこつ訳すのは、孤独な仕事だったでしょう』と聞かれたが、とんでもない。歴史の巨星達に随処でめぐりあう歓び。誰も知らぬ秘方を解く歓び。毎日毎日が発見と驚きとの連続であったからである。」(槇佐知子著「古代医学のこころ『医心方』随想」から)

槇佐知子(まき・さちこ)
1933年、静岡県生まれ。古典医学研究家。日本医史学会会員。日本最古の医学全書『医心方』と『大同類聚方』の研究に取り組み、独学で現代語に全訳。『全訳精解大同類聚方』の刊行により、1986年に菊池寛賞を、87年にエイボン功績賞を受賞。瀧井孝作の推薦で創作も発表している。著書に『医心方の世界』『日本昔話と古代医術』『食べものは医薬』『自然に医力あり』『日本の古代医術』など多数ある。
『医心方全訳精解』全30巻を逐次刊行中

(ちくま文庫 槇佐知子著「くすり歳時記」筑摩書房)から引用

■医心方 巻七 性病・諸
・寄生虫篇
(医心方は、第一巻総論、第二巻鍼灸から始まり、内科、外科、産婦人科、小児科、精神科、泌尿器科、肛門科、養生ほか現代医学にない錬金術、呪術、占い、妖怪変化対策などもある。肛門科については、第9章から第15章で扱われています。

槇佐知子著「医心方 巻七 性病・諸
・寄生虫篇」筑摩書房から一部を引用させてもらいます。)

<  >内は原文にはない。以下も同様。

■第九章 脱肛の治療法
[ 解 説 ]
妊娠による腹圧や便秘、重い物を持ち上げたときなどになりやすい。また、老人の場合は肛門括約筋のゆるみから、長く立っていたり、長時間歩き続けたり、重い物を提げて階段を上ったりすると、腹部に力が入って脱肛しやすくなる。また、下痢や冷えも原因となる。
古代の人々も体験からそういうことがわかっていたようで、同じような注意が記されている。治療法も現代と同様、押し込んでいるが、靴底で押し込むというユニークな方法や、燻法、灸法や薬など、さまざまな工夫がみられる。

(1 略)

2 『千金方』にいうには、
脱肛の場合は重い物を持ち挙げたり、ベルトをきつくしてはならない。性交を一年間断つことはよいことである。

<以下14項目まであります。「頭のてっぺんのつむじの中に灸をせよ」「鉄精をつけること」「炙った麻のくつの底で押し込む方法」「スッポンの頭を焼いて煙らし、すりつぶして粉末したものを使用する」などの方法も取り上げています。>

■第十章 肛門掻痒症の治療法
[ 解 説 ]
現代医学の肛門掻痒症がこれである。この原因は
(いぼ、切れ瘻)や蟯虫でその場所に何らかの病変があることが多いが、そのほかにも糖尿病や黄疸など全身病や卵巣機能障害、アレルギーなどによって起こる場合もある。

(1 略)

2 『葛氏方』
下部@がまるで虫をかじって痛痒する者。
(1)胡粉と水銀Aを膏棗(そうこう)Bで調合し、綿に包んで肛門に導入すること。
@傍訓に「シリノ」または「シリノアナ」とある。
A有毒なので現在は禁止されているが、近代まで水銀軟膏その他に薬用された。
Bクロウメモドキ科高木のナツメの果実の仁から作った膏。

(2)杏仁(きょうにん)@熬(い)って黒く焦がし、搗いて膏を採ってこれを患部に塗ること。
@バラ科小高木アンズの果実の核の中の仁。

<以下、7項目まであります。>

■第十一章 肛門が赤くなり、痛む場合の治療法

[ 解 説 ]
これは現代医学の肛門周囲炎である。(略)本章には、化膿しないうちの治療法が一文献から二つ抄録されている。

(1 略)

2 『葛氏方』

急に肛門にできた瘡の治療法。
(1)■■@(せいそう)を搗いて幹部にこれを塗ること。
@コガネムシ科チョウセンイロコガネムシ。夏から秋にかけて採集。洗浄し、加熱乾燥する。幼虫も用いる。ジムシ、ともいう。
<■■は漢字ですが、表記できませんでした。虫篇に齋と虫偏に曹です。>

(2)■(くき)を煮て、それを患部に浸せ。
<■は漢字ですが、表記できませんでした。豆に支です。>

(3)豆@の汁で墨をすり、これを肛門に入れること。
@大豆の汁か。あるいは■<豆に支>の汁か。

■第十二章 肛門周囲膿瘍の治療法
[ 解 説 ]
古代人は細菌の存在を知らないので、理論も大腸の虚熱のためとしている。

(1 略)

2 『葛氏方』

急に肛門にできた瘡の治療法。
(1)■■@(せいそう)を搗いて幹部にこれを塗ること。
@コガネムシ科チョウセンイロコガネムシ。夏から秋にかけて採集。洗浄し、加熱乾燥する。幼虫も用いる。ジムシ、ともいう。
<■■は漢字ですが、表記できませんでした。虫篇に齋と虫偏に曹です。>

(2)■(くき)を煮て、それを患部に浸せ。
<■は漢字ですが、表記できませんでした。豆に支です。>

(3)豆@の汁で墨をすり、これを肛門に入れること。
@大豆の汁か。あるいは■<豆に支>の汁か。

■第十三章 湿■(しつじょく)の治療法
<■は漢字ですが、表記できませんでした。匿の下に虫を書きます。>

[ 解 説 ]
(略)
・・・現代漢方には■(じょく)という病名も湿■(しつじょく)という病名もない。
・・・(略)

(1 略)

2 『録験方』
   
湿■<しつじょく>のために肛門に瘡ができた場合の処方。
(1)胡粉(ごふん)、水銀(すいぎん)、黄檗(おうばく)三種のすべてをそれぞれ冶って粉末にし同量ずつ合わせてさらに研る。そしてこの水銀散全部を患部につけよ。
[注]水銀は有毒であり、現代漢方では使用しない。 

(2)常に猪(豚)の胴や腸を炙り、これを食べればよい。 

<以下、6項目まであります。>

■第十四章 疳湿(かんしつ)@の治療法
@現代漢方の病名にはない。

[ 解 説 ]
(略)
「甘いものばかり食べると寄生虫がわく」といいならわされているが、その語源が610年に成立した隋の煬帝(ようだい)勅撰の医書に在ったのは驚きである。
現代漢方では疳は、腺病質な幼児の疳積(かんせき)と同定されており、小児の慢性消化不良を伴う栄養障害をいう。虫積のほか病後の失調、早期の離乳、節度のない飲食などによって脾胃がそこなわれ、その結果、栄養の吸収がなされず、長びくと他の臓腑をそこなう−とされている。癇癪(かんしゃく)をおこしやすいので、怒りやすい大人も癇癪持ちという。
(略)

(1 略)

(2)(その虫は)出て来てのどや歯■@(しぎん)を食う。それが瘡となり、黒い血が出て歯の色は紫黒色となる。(その虫は)下っていって腸や胃を食うので黒い血の混じった下痢をする。(さらにその虫が)出て肛門を食うと、瘡ができ、それがひらいて爛れる。胃気は虚となってさかのぼり、それは嘔■A(おうえつ)に変化する。急激な者は数日で死んでしまう。緩やかな者も何も言わなくなり、手足は重くてずきんずきん痛み、飲みものも僅かしかとれなくなり、頭の色つやも失われてしまう、と。
@はぐき
A嘔吐や吐き気

<以下、11項目まであります。>

■第十五章 諸
の治療法
[ 解 説 ]
には核(いぼ)、裂(きれ)、瘻、脱肛があり、核は内核と外核に大別され、外核で血が固まったようなものを血栓(けっせん)性外核という。以上は、現代医学における分類だが、漢方では、内、外、内外(内と外の合併症)、■<やまいだれに息>肉(そくにく)、翻花(ほんか)、沿肛、鎖肛(さこう)、脱肛、肛瘻(こうろう)などがある。

古代医学では、
病源論 牡
(ぼじ)、牝(ひんじ)、脈(みゃく)、腸(ちょう)、血(けつ)、酒(しゅ)、気(き)、瘻(ろう)
養生方 気

竜門方 雄
(ゆうじ)、雌(しじ)、脈、腸、気
病経 風(ふうじ)、熱、陰、三合(さんごう)、血、腹中、鼻中(びちゅう)、歯(し)、舌(ぜつ)、眼(がん)、耳(じ)、手足(しゅそく)、背脊(はいせき)、糞門(ふんもん)、遍身支節所生(へんしんしせっしょせい)
小品方 血が縦横に出るもの、肉があるもの、肛門痒痛、

千金方 気
、牡、牝、腸、脈、肛門から膿血が出るもの、寄生虫が孔をつくったもの
僧深(そうじん)方、録験方、耆婆方、極要方 

葛氏方 陽

医門方 五
下血
救急単験方 五

伝信(でんしん)方 野鶏(やけい)
など、それぞれ病名が異なる。
(略)

本章には、それぞれの
についての理論や治療法、食品や生活上の禁忌のほか、主治食品や主治薬についても紹介している。綿を包んで肛門に挿入する方法は、前章にあるが、本章の『極要方』では、綿(わた)のほか、柳絮(りゅうじょ)の利用を説いており、古代医療のようすが彷彿する。また、前章にあった青布のほか、緋布(ひふ)も焼いて灰にしたものを、配合している。緋布は、紅花(べにばな)で染めたものか茜草(あかねそう)で染めたものか不明だが、『大同類聚方』では駆虫剤として紅花を使っており、これか。
本章には、理論のほか洗滌薬、内服薬、外用薬、座薬、タンポン、灸などのほか、現存する『療
病経』からの抄録もある。

(1 略)

2 『養生方@』にいうには、
大便をがまんして長いこと出さないでいると、気
になる、と。

@『竜樹菩薩養性方』一巻、『許先生撰 養性方一』のほか『蕭吉撰』などがあった。そのどれか不明。

<以下20の項目まであります。
の禁忌や様々な治療法などがたくさん記載されています。>